鈍色 den/nibiiro








1年
 
一年が経ちます。

たぶんラジオも新聞もテレビも“一年”という言葉に埋め尽くされることでしょう。
何も書かないという方法もあり この日だからという方法もある。
書かないから考えないていないということもない
ただ 自分への覚え書として。







 映像と情報が溢れる中 
世界のいろいろなことの“今”に対面してきた。

湾岸戦争の時 先輩のカメラマンとただただ流れている映像の前
会社のテレビの前にいた。
はじめは食い入るようにやがてひたすら続くそれにも飽きるように
淡々と次の撮影の準備をしながら。

911 夜のニュース映像から突然切り替わる二つのビル。
寝かしつけた子どもたちをちらと見ながら
さらにそこにもう一機が…
生中継されるその映像を見ながらもやはりどこか
映画のワンシーンではなかったのかとも思われなかったのか。

2011.3.11
そのとき どこにいましたか。

長く長く揺れる どこまで続くのか どうなっていくのか。
でも自分が感じたものはどのくらいのものだったのか。
「いやあ、大変でしたねえ」
3時を過ぎ集荷に来た宅急便に渡した大きな荷は
前日に仕立て上がったばかり大船渡に送るはずの和綿の布団
その時はその送り先で何が起きているか 何も知らずに。


三か月が過ぎた6月の週末。
レンタカーを借りて東北へ向かう。
何をするために? 
そこに行くために。

3月のあの日から 
すぐにでもと支援に向かう人たち
そして小さな子を抱えながら西へ西へと向かう人たち

どちらにもむかえないままもどかしいままの三カ月を
ただ自己満足かもしれないけれど
いや自己満足だった

なにもかもなくなった街
高台の畑に逆さまになった漁船
赤く塩焼けた林
そしてそのすぐ横
抉られた土が真新しい崖
その数歩先に 
洗濯物を干している女性と当たり前の日常

境界

明と暗

漁港を走る
撤去の進まない市場
喉をつく生臭さに窓を閉める

削り取られた駅舎
曲がった線路

すれちがったボランティアバス
窓一面からカメラがのぞいていた

日常 非日常

平泉をまわる
三か月
世界遺産に認定されるとかしないとか
観光地にひとはあふれ 駐車場にならぶ

何時間もかからない
田は青く美しく なにもなかったようだった


一年たった

何が変わった なにができたか


後のニュースで 平泉にホットスポットがあったと

他人事かもしれないし 

たぶんいまも 背中あわせ

いま なにができますか

忘れてはいませんか

非日常が 日常になっているひとがいること



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